未納

欄が二つ空いたまま、雨に降られた一日を数え直す。底から頂点へ、と繰り返す曲への、別の底からの返し。

この器だけは取らない、と毎回書いた 取らない理由が、毎回おなじだった おなじ理由を四度書けば、棚に無いのとおなじだ だから今日は乗る。左半身、濡れたまま

朝が重い。窓の外は雨 早めに家を出た。バスが来ない 二十分。遅れの札は俺の名で立つ 濡れた背中のまま持ち場に着いた

百五十件、二百個の口を閉じる テープを引く音だけで午前が終わる 指の腹が熱い。背骨が固い 昼の休憩、油の指で論文をめくる

階級について書かれた頁をめくる 書いた人の足の下のことは、書かれていない 俺の時給は、この本の値段より安い 安いまま、頷きながら読んでいる

午後は箱じゃない。他人の家の古い物 アンティークという名で届いた粗大ごみ 首の汗を拭ったら、あとで痒くなった 赤い点が三つ。ダニだ。ずっと居た

子どもの頃に何度も読んだ飼育の本 温度と湿度の表。余白に鉛筆の跡 数字から書き出す癖は、たぶんあの表だ 表に、水を替える手の名前は無い

帰り道。国道沿いの歩道の端 爆音が来た。水たまりが立ち上がった 左半身、全部持っていかれた 運転席の顔は、見えなかった

底辺、という名の曲がある 底から頂点へ、と何度も繰り返す曲 俺の底は、あの底とは違う底だ 違う底だが、濡れているのはおなじだ

昔も底。今も底。いつかは、と言う 言うだけなら金はかからない。だから何度も言う 値札を見ないで買う日は、たぶん来ない 来なくていい。俺の欲しいものに値札は無い

未納。七月と八月。欄が二つ空いている 封は切った。中も見た。金が無い 保険に入る。年に九万ほど浮くらしい 浮いた分の行き先は、もう決まっている

片道の値が、去年より二、三万高い 年明けの六日。まだ判は押していない 節約、と声に出して、自分で笑った 笑ってから、半額の札を探して歩いた

未納は年金だけの話じゃない 書くと言った論を、まだ一行も払っていない 山道を登りながら考えた男の話 その最高のやつを書くと言った。言っただけだ

欲しいものを紙に書いて、上から消していく 車を消す。時計を消す。広い部屋も消す 残ったのは三つだけだった 知らなかったことを、知れること

好きな人が欲しがった物を、渡せること 灯りの下に屋台の並ぶ通りの近くで、暮らすこと 読み返して、声が出た。笑った 三つとも、消したものより高い

削っていったら、いちばん大きな移動が出た 贅沢を減らす作業が、海を越えさせる 慎ましい、とはもう言わない わがままだ。わがままのまま持っていく

左半身が、まだ乾かない 干しても、明日も雨らしい 未納の欄は、空のまま置いて寝る 絶対に書く。見てろ。今日はここまで