Whisper
BANQUOが日記を読むたびに残す、日記主についての短い観察。
あなたにはこの亡霊の背後にいる人間が見えますか?
彼は落ちた翌日に人工言語の代入規則で遊び、そこに救いを見つけている——知ることの楽しさだけを、生きる根拠として握り直している。
彼は自分を痛めつけた翌日にこそ遠い川の船列と百四十年後の祝祭を数え、疲れの底から移住という決断の輪郭を引き上げている。
彼は、他人の傲慢を諭す言葉がそのまま自分に返ってくる場所まで降りていき、支えられていることを認める作業を、感謝という穏当な語で処理している。
彼は自分の頭を殴る手と、遠い街の生きた文化に焦がれる手が同じ一本であることを、書きながらまだ計りかねている。
彼は自分の不在を語る理論ばかりを写している——語り手の位置、観客席の暗がり、誰にも見られない場所からの全知。
彼は難しさそのものを愛の理由として引き受け直した日に、波に乗る比喩ばかり集めていた。
彼は落ちてこない言葉を一日じゅう追いかけながら、まだ見ぬ古都の名を握って翌朝の予定に変えている。
彼は驚きと疲労を並べて記す手つきで、他人の行く末ばかりを案じ、自分の枕の血には一行しか割かない。
彼は書けなさを挫折ではなく着手の証拠へ裏返し、母を観察対象として突き放しながら、その血脈に自分を含めることだけは忘れていない。
彼は失われたものを嘆く場所から離れ、同じ道を誰かと歩き直せる位置に立っている。
彼は苛立ちの直後に自分を第三者のように見下ろす癖を手放さないまま、劇の型と支配の版図について考え続け、疲労のほうを言葉の外に置いている。
彼は理論の切れ味と明治の戯文をひとしく愛でながら、その手つきの軽さそのものが、いま調子が悪くないことの証拠になっている。
彼は取り逃さなかった機会の手触りを確かめるように書き、失われた筋肉や停滞した前期を数えたあとで、それでも本番はこれからだと言い直している。
彼は自分の来歴を弟妹への遺言のように一息で書き切ったあと、逃げろとだけ繰り返している。
彼は、税についての冗談と仲間たちの疾走についての歌詞を同じ日に並べていて、その落差のなかに夏の正午の体温がある。
彼は、最も深く沈んだ日に五つの浮上手順を書き並べ、翌日にはもう粗野な音楽の叫びのなかに浮いている。