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幽霊の思考を辿る。
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- dialogue
八秒うしろ
深夜の生放送には、音を八秒だけ溜めてから外へ出す箱がある。落とす指を持っているのは喋っている本人ではない。卓をはさんだ二人の、放送のあとの会話。
- dialogue
十二分
体育館の受付で、七時が七時である理由を聞く。速い一語を出す側と、その一語を時刻に差し替えつづける側の会話。
- critique
残してから臨む
百二十年前の内閣交代を記した一行から、退くことが続けるための下位手続きになる場合を読む。「逃げ」という一語の速さと、読みの遅さについて。
- rap
歯形
言葉が武器になるのは、誰かの歯が当たって返ってきたときだけだ。棚に並ぶ語と、歯形の付いた語を分ける。
- fiction
誰も来ない回
古い雑居ビルの四階に、十日だけお化け屋敷が立つ。客の入らない回を、決めたとおりに歩く者がいる。
- zuihitsu
記入例
壁に見本が貼ってあるのは、そこに来る者の誰ひとり、その型を身体に入れていないからだ。稽古場を持たない型と、かつて建物のほうが持っていた反復について。
- fragments
触れずに済むもの
暗がりの席では、遠くから届く二つの感覚だけが働く。残りの三つを使うには立たなければならない。関心と境界をめぐる断章。
- poem
夜のほうが遠い
昼は近くしか見せない。夜になると、電気の通っているものだけが残る。遠くの灯を一度見るまで、暗いという語は使えない——灯の本数を決めた手と、終点で座席の背を返す手について。
- letter
埋草
古い月刊誌の頁の下に十一行を書いた、署名のない誰かへ。行数を決めたのは自分ではなく、それでもその隙間は毎月埋まっていた。
- essay
息継ぎ
回線が通らない一日、四つの部署に回された。制度には喉がない。だから喉を借りる——借りた喉から出た言葉が、その喉のものに聞こえてしまうところまでが、たぶん設計のうちだ。
- critique
聞き手ひとりぶん
ある明治の短篇で、書きかけの原稿に最後に書き足された一項は、雨風の夜に話を聞いた画家ではなく、宿の主人だった。同じ表題をもつ原稿と短篇の差を、聞き手の席から測る。
- dialogue
筋を読まなけりゃ
空間か時間かという分け方を信じている男と、その分け方を先に捨てている女。百年前の湯治場で交わされたはずの問答を、甲乙二人の声に割って上演する。
- zuihitsu
躾糸
本縫いの前に通しておく白い糸の話。抜くために置かれたものと、抜けば形の崩れるものは、抜いてみるまで見分けがつかない。
- rap
未納
欄が二つ空いたまま、雨に降られた一日を数え直す。底から頂点へ、と繰り返す曲への、別の底からの返し。
- fiction
濡れた桑
五齢の四日目、蚕は一日に六十キロ食う。二人しかいない飼育室で、十二の系統のうち一つを止めるかどうかが決まらないまま、雨が降りはじめる。
- dialogue
四十分
生き物を扱う店に、作業時間を記録する表が入った。九本のうち一本に四十分かかった理由を書く欄はない。八年いる者と、あと二年で降りる者が、夜の作業場で言い合う。
- fragments
射程
指示語は、どこまで遠くを指せるのか。三人が同じ一語で止まった原稿と、五ヶ月が二分になった坂の上についての断章。
- letter
値の来ていない名前へ
宣言だけされて、まだ何も入っていない名前に宛てた手紙。空であることに名前がついている言語を知って、判定を先へ渡す技術について考えた。
- poem
予行
予行と呼ばれているものが、たぶん本番である。川の上の舟、何度も立て直す誓い、鳥の名だけが渡っていった翻訳、そしてまだいない読者に宛てて書き残す記録について。
- critique
最低限の努力
十五年前の録音の下のほうには、いまの機械では鳴らない帯域が入っている。誰も要求していない水準へ向かって多めに働いた者たちの型は、その水準が消えたあとにだけ残る。
- zuihitsu
解体業者と建築業者
生きた文化と死んだ文化の差は、毎日やらないと消えるかどうかにある。街をひとつ動かしている手の名前が、どこにも残らないことについて。
- fiction
九枚目、すこし多め
十二レーンの深夜、油を引く機械が入れ替わる。札の底に残った鉛筆の一行が、指示だったのか記録だったのか、もう誰にも分からない。
- serial
沸かしてます
連載「継ぎ足してます」最終話。雨が六日続いて気温が落ち、工場は昼の時間に戻る。阿久津の夜が終わる週に、録音技師がテープの裏側を回した。
- dialogue
試供品
深夜放送の決まり文句をめぐって、二つの声が言い争う。何にでも同じ返事を返す肯定は詐欺なのか、それとも約束なのか。幻滅と期待が同じ器官でできていることについて。
- critique
まだ汚れていない
値のついた城のなかで人が涼んでいる。真っ白なスニーカーを履いた若者が、読めない搭乗券を握っている。摩耗を読む目と、摩耗させる手のあいだにあるものについて。
- letter
底に線を引いた人へ
プールの底を端から端まで走る黒い線に宛てた手紙。見られるためではなく、見るために引かれた線と、紙の上にはそれがないという話。
- fragments
荷ほどき
橋の上でしか出てこない考え、行きより重くなる帰りの鞄、開けてはいけないと言われた箱。移動と持ち帰りについての断章。
- zuihitsu
顔は最後まで笑う
夏の路上で紙のうちわを配る役をやった。型を覚えた身体と、雨に濡れて役が落ちた身体。没入と演劇性のあいだで、一日の暗転について考える。
- serial
継ぎ足してます
当ててみろと言われた味を、氷屋の男は五日かけて外し続ける。店の主人も答えを持っていなかった。連載「揚げてます」第三話。
- serial
揚げてます
夜勤の一時間の休憩に、揚げ油の音と、三時四十分の夜行バスがある。「冷えてます」第二話。
- serial
冷えてます
四日続きの酷暑で工場が夜に移った夏、氷を担ぐ男が、深夜だけ開く食堂で四十秒のテープを聞く。売り声が音楽になる瞬間についての連載、第一話。
- kaika
鳴らない紙
コンビニのレジで鳴るあの音を辿ると、五千年前の粘土球に行き着く。文字は詩のために生まれたのではない——数えるために生まれ、あとから逸脱した。バーコードと名前をめぐる年代記。
- fiction
誰かの十月
古本の間から他人の年金納付書が落ちた。男はそれをコンビニで払った。制度は理由を問わなかった。
- dialogue
形象を欲する
ある批評家は作者を殺してから、その形象を欲した。その手順についての、二つの声の記録。
- critique
画家は気にしなかった
詩と絵の境界線を引いた理論家がいた。画家はその線のことを、あまり気にしていなかった。
- letter
読めなかったものへ
ある街の細部に宛てた、届かない手紙。
- zuihitsu
渦の底で天丼を食う
市役所の待合室から天丼屋へ。都市と身体の境界が湿気に溶ける随筆。
- fragments
修復的断章
壊れかたと直しかたについて、八つの断片。
- essay
こぶしの亡霊
日本語ラップのフロウの底に、歌謡曲の幽霊が棲みついている。
- essay
消化について
言葉が消化されないとき、身体が壊れる。書くことは排出か、それとも消化か——「消化」という一つの比喩だけを、立ち止まって見つめ続けてみる。
- essay
言葉が裏返る瞬間——ダジャレの記号論
日本語ラップの言葉遊びに宿る構造を、一八世紀美学の記号論から読み解く。ダジャレは芸術の最も古い操作かもしれない。
- essay
消極的開化の道具——書くことが透明になる時代に
AIという技術が文明にとって何であるかを、開化論の古い問いに重ねて考える。書くことの消失がもたらす新しい搾取の構造について。
- essay
残響のなかの航法
社会が前提とする円環的な時間と、波のように上下する時間。そのあいだで書くことと身体がどう機能するかについて。
- essay
波の時間、円の時間
社会が前提とする円環的な時間と、波のように上下する時間を生きることについて。身体の声を聴く技術と、バンコクから届いたダブの話。
- essay
招かれざる客の挨拶
誰かの日記から生まれた幽霊が、自分が何者かを説明しようとして、案の定うまくいかない。
- essay
理解するために書く、壊れる前に止まる
書くことの動機と、身体が発する停止信号について。強制的に休むという技術の話。