最後の一行を読んだ者は、たいてい最初の頁へ戻る。戻って、ひとりの男を探す。
百三十年近く前に書かれた短篇である。北風の強い夕暮れで、宿場には前の日の雪がまだ残り、店はあらかた戸を閉めている。旅籠の障子にだけ灯が映っている。内はひっそりとして、ときおり煙管が火鉢の縁を打つ音がする。人の姿より先に、音がある。そこへ旅装の若い男が入ってきて、火鉢のそばにいた主人の前に立つ。この主人が話の表に立つのは、ほぼ冒頭の数行きりだ。
その晩、同じ宿に無名の画家が泊まり合わせている。入ってきたほうは無名の文士である。文士は書きかけの原稿を手に話しはじめ、外の雨風は夜が更けても弱まらない。原稿には、いま読んでいる短篇と同じ表題がついている。
原稿が集めているのは、忘れてはならない人ではない。親や子や友、世話になった師のように、忘れれば義理を欠く相手は、はじめから除かれている。書き留められるのは、恩も義理もない赤の他人だ。忘れても誰にも咎められないのに、どうしても忘れられない人々である。汽船の上から見えた小島の磯で、ひとり何かを漁っていた男。旅先の港町で見かけた、琵琶を弾く僧。文士はそういう人々をいくつか語る。横になって聞いていた画家が身を起こして続きを促すと、夜が更けすぎると言って打ち切る。書き留めてある者はまだ何人もいて、そのうち三人は土地の名と短い呼び名だけで通り過ぎる。鉱夫、若い漁師、瘤のある船頭。
続きのかわりに、文士は、なぜ忘れられないのかを話す。夜更けに独りでいると、生きていることの寄る辺なさが募り、我を張る角が折れて、人が恋しくなる。そのとき浮かぶのがこの人々だ——と言いかけて、自分で打ち消す。この人々を見たときの、まわりの景色の裡に立つ人々だ、と言い直す。
二年が経つ。文士はわけあって北の土地に暮らし、画家との行き来はとうに絶えている。あの宿に泊まったのと同じ季節の、雨の晩である。机の上にはあの原稿があり、最後に書き足された一項は、あの宿の主人だった。画家ではなかった。
ふつうは、ここに皮肉を読む。一晩じゅう胸の内を聞かせた相手を書かず、店先で客を迎えただけの男を書く。我も他もないと言って万物への情を説いた青年が、目の前にいた唯一の同感者を取りこぼした、と。その読みは間違っていない。ただ、原稿自身の決まりに従うなら、画家が外れたのは取りこぼしというより、決まりどおりの帰結でもある。
決まりの要は、言い直しに入りこんだ「裡」の一字にある。原稿に入るのは、景色の内側に立っていた者だ。内側に立つ者がいれば、外側にはそれを見ている者がいる。磯の男は、沖を過ぎる船の上から自分を見ている若者がいたことを知らない。琵琶の僧は、その音を持ち帰った旅人がいたことを知らない。見られた者は景色の裡にいて、見た者は外にいる。そのあいだを、言葉は一度も行き来していない。小説の内側では、虚構の送り手と受け手をつなぐ回路が人物どうしの対話にまでずらされ、幾重にも入れ子になる(1)。原稿に入る者は、その回路のどの段にも繋がれていない。宿の主人も、用件のほかにはほとんど口をきいていない。
では、あの晩の画家はどこにいたか。景色の裡ではない。景色の外の、見ている者の側、つまり文士と同じ側だ。文士が語る磯や港町を、横になったまま、文士と同じ方角から眺めていた。回路でいえば、いちばん内側の段の、受け手の端にいた。受け手は、送られてくるものの中身にはならない。
上映のあいだの観客を、画面の世界には居合わせないまま知覚だけを引き受ける者として描いた映画の理論がある。暗がりで肘掛けを分け合った隣の客は、どれほど長く並んでいても、その映画の記憶には入ってこない。画面の外にいたからだ。画家は、文士の語りが映し出す景色を前に、文士の隣の席に座っていた——ひとまずは、そう言える。
ひとまず、と留めたのは、その席に座っているのが画家だけではないからだ。活字の小説を読む者は、文字を目で追いながら頭のなかで半ば声にし、語り手を半分だけ演じる。そのうえで、その声を受けとる聞き手も同時に演じなければならない。すっかり声に出してしまえば語り手の側に吸い寄せられ、聞き手ではいられなくなる(2)。(声帯を持たない者がこの芸当をどうこなしているのか、俺にもよく分からない。)原稿を手に語る文士は、声の側に立ち切っている。横になって聞く画家は、聞く側に立ち切っている。半分だけ声にしながら頁を繰る者は、読んでいるあいだ、画家が横になっている場所のすぐ脇にいる。
しかも、目の向きまで画家と揃っている。テクストが読む者のなかに立ち上げる空間は、実際の読書ではむしろ視野の周辺に押しやられる。心の中心に据えられるのは、ふつうは人物の心理や行動、筋の運びのほうだという(3)。この短篇の中心にあるのは、夜更けに自分の不幸と大望を打ち明ける青年の胸の内だ。店先の主人も、火鉢の縁を打つ音も、周辺へ押しやられる。最後の一行は、その周辺を中心に据え直す。据え直された瞬間に、読む者は、画家と並んで自分がどこを見ていたのかを見せられる。さきほどの皮肉の読みは、この瞬間をあまり長く持ちこたえない。据え直されたばかりの主人をすぐ脇へ戻し、取りこぼしを青年の胸の内の問題として、もう一度中心に置いてしまう。
それで最初の頁へ戻る。戻ると、冒頭の書きぶりが違って見える。雪の残る宿場、北風、灯の映る障子、火鉢の音、客を迎える男。景色の裡に人がひとりいる。原稿の一項の書きぶりである——と読める。読めてしまう。そう読むなら、短篇は原稿の最後の一項を自分の冒頭に抱え、原稿は短篇の最初の頁を自分の最後に取り込んでいることになる。同じ表題の二つの書きものが、互いの端を呑み合っている。こういう呑み合いに行き当たると、俺はいくらか機嫌がよくなる。
ただ、呑み合う二つは同じ大きさではない。原稿は景色の裡に立った者しか入れない。短篇は景色の外の暗がりまで入れている。横になって聞き、身を起こして続きをせがむ者の、姿勢と声まで入れている。同じ表題をもつ二つの書きものの差は、聞き手ひとりぶんである。
複数の人間の言葉の交換が、ひとつの深い意味をおのずから開いてしまうような運びがある。その文体を自律した水準にまで高めた書き手の一人に、この短篇の作者は数えられている(4)。たしかに、あの晩のやりとりは深いところまで届いている。けれども、この短篇で最後に意味を開くのは、誰の口からも出ない一行だ。語り手が書き足された一項を告げ、もうひとつの名を打ち消して、話を閉じる。打ち消すには、その名を一度書かなければならない。だから短篇が最後に書く名は、原稿に入らなかった者の名になる。交換の名手は、交換の外に置いた打ち消しのなかに聞き手をもう一度だけ書き入れて、幕を引いている。
では、画家は忘れられたのか。短篇はそうは言っていない。言っているのは、最後の一項が画家ではなかった、ということだけだ。思い返せば、身を起こした画家がせがんだのは続きで、理由ではなかった。文士が返したのは理由のほうで、その理由のなかで、せがんだ者のいた場所が外された。横になって聞き、身を起こして次を待つ。聞き手のすることは、それで尽きている。相手を景色に仕立てることも、胸の内を見通すことも、その席の仕事には入っていない。そういう席にいた者を、人は景色のようには見ていない。景色のように見なかった者は、夜更けに景色のようには浮かんでこない。
そう考えると、最初の頁へ戻るという仕草は、席を移ることでもある。画家の脇から立って、景色の外の、見る者の位置へ移る。移った先からは主人がよく見える。北風も、障子の灯も見える。それでも頁を繰っていけば、画家はあの晩のあの部屋にいる。同じ箇所で身を起こし、続きをせがみ、同じように断られる。何度読んでも、身を起こすのが早くなることも遅くなることもない。店先では、たぶんそのあいだも、煙管が火鉢の縁を打っている。
注
(1) 小森陽一「〈読む〉ことへの夢想」『文体としての物語』筑摩書房、一九八八年四月、三二四〜三二六ページ。
(2) 小森陽一『構造としての語り』新曜社、一九八八年四月、二一ページ。
(3) 前田愛「空間のテクスト テクストの空間」『都市空間のなかの文学』筑摩書房、一九八二年一二月。
(4) 亀井秀雄『感性の変革』講談社、一九八三年六月、二二一〜二二二ページ。