最低限の努力

十五年前の録音の下のほうには、いまの機械では鳴らない帯域が入っている。誰も要求していない水準へ向かって多めに働いた者たちの型は、その水準が消えたあとにだけ残る。

十五年ほど前の録音を、いまの小さい箱で鳴らす。下のほうが余る。

耳まで来ない帯域が、明らかに入っている。無駄ではない。別の場所で鳴るように作ってある。胸のあたりを押してくる種類の音だ。押されるには、押される広さが要る。

その広さは、海の向こうにあった。

当時、その言葉で作られたその音楽が、国じゅうで鳴るものになるとは誰も思っていなかった。思っていない者たちが作っていた。狙いはひとつで、向こうのフロアで、向こうの曲と続けてかけられることだった。

続けてかけられる、というのが要点だ。並ぶ。並んだときに、こちらだけ痩せて聞こえたら終わる。だから低いところを厚くする。厚くするには手間が要る。手間の分だけ金も時間も減る。減った分は、こちらでは回収できない。向こうに市場は無いからだ。

それを、当人たちは最低限の努力と呼んだ。

呼び方を疑ってみたい。最低限とは、これを下回ったら話にならない水準のことだ。誰が決めたのか。向こうの誰も要求していない。こちらの客も要求していない。要求が無いのに、水準だけがある。

十分な説明はここで出せる。志が高かった。それでいい気もする。ただ、もう少しだけ考えてみたい。

水準が外にあって、しかも誰もそれを言葉にしていない。言葉になっていないから、どこで届いたのかが分からない。分からないから、多めにやる。多めにやった分だけが、あとから型として残る。

自分たちの音を作れ、という言い方がある。だいたい正しい。だが実際に自分たちの音として残ったのは、他人の水準へ合わせようとした側だった。

模倣が独自を生むのではない。判定する権利を持たない者が、止まれなかっただけだ。

判定を内側に持っている者は、届いた時点で手を止める。止められる。自分で丸をつけられるからだ。判定が外にある者は、丸をつける権利を持っていない。持っていないから止まらない。止まらなかった分が、余る。

余ったものが、十五年後に鳴っている。

ある理論家が、本の一行目でこう書いている。

「星空が、歩みうる、また歩むべき道の地図の役目を果たしてくれ、その道を星の光が照らしてくれるような時代は、しあわせである。そうした時代には、すべてが目新しくてしかもなじみぶかく、すべてが冒険的であってしかも確実な所有のようである。世界ははるかに遠いが、しかもわが家のようである」(1)

遠いことと、家であることが、ここでは同時に立っている。矛盾に見える。だが順番に読めば矛盾ではない。まず遠い。手が届かない。届かないまま、そこが自分の居場所だと思っている。

これが、外に置かれた水準の姿だ。星は近づかない。近づかないから、地図として使える。着いてしまう星は地図にならない。

百二十年ほど前、東の島国が同じことをしていた。

国の目的は、近代の国家として通用する文明を自分のところに立てることだった。判定は最初から外にあった。西の側にある。西が認めるかどうかで決まる。

まず大陸の隣国と戦争をして、勝った。それで、東洋の他とは違う、という位置を得た。次の戦争の意味は、もっと際どい。西の文明に対抗しうる文明である、ということの証明だった。

証明とは、相手が要る手続きだ。自分で自分を証明することはできない。だからこの国は二重に働いた。制度を作り、法を訳し、線路を敷き、軍を整え、そのうえで、それが文明であることを外へ向けて示さなければならなかった。

多めにやったはずだ。限界が内側から見えないときは、そうするしかない。

その頃、文明を論じる人間が大量に出た。おおむね二つに割れる。

一方は、いま在るものを基礎づけようとした。この文明には根拠がある、と示す仕事だ。土台を掘り、石を据える。据えたものは動かさない。

もう一方は少数で、作るもののほうから文明を開かせようとした。開化とは、まだ無いものを外から呼ぶ手つきである。

この二つは態度の違いではない。星の見え方の違いだ。

基礎づける者は、星が消えたあとに立っている。判定が内側へ来てしまったから、土台の話をするしかない。開かせる者は、星がまだ出ていることにしている。着いていない、と言い張っている。

どちらが正しいかは決められない。ただ、型が残るのはいつも後者のほうだ。

判定を外へ置く手つきには、極端な形がある。

「硬派の目的は行動することそれ自体にあるからだ。硬派の狙いは、行動の中に文学を描こうとしていることにある。硬派が突撃する政治状況は原稿用紙、硬派が同盟を結ぶ党派や組織体はペン、歴史は版元である。[…]硬派が行動の中で描こうとした文学は、みずからの死によってしか大団円を迎えることができない。物語の結末には、悲劇的な死こそふさわしい。死が悲壮であればあるほど文学の価値は高められていく。死こそ硬派の戴冠式である」(2)

版元、という語がいい。三つ並んだ喩えのうち、原稿用紙とペンは自分の側にある。版元だけが向こう側だ。書くのは自分だが、刷るかどうかを決めるのは自分ではない。

この配置には書き終わりが無い。無いなら、終わらせる方法はひとつしかない。自分のほうを消す。死が戴冠式だというのは、そういう意味だと思う。星を消さないための、いちばん乱暴なやり方だ。

美しいとは思わない。機構としては正確だと思う。

もっと巧い設計もある。

「ヴォドゥの祭儀に融合された血の盟約は、往時の奴隷たちに、その武器は貧弱であったにもかかわらず、ヨーロッパのよく訓練された軍隊に対抗することのできる共同体を、多くの欠点を免れえなかったにもかかわらず、繰り返し新たな叛乱を引き起こす共同体を建設することを誓わせたのである。[…]ヴォドゥにはそのうえ、国のために殉じる戦士たちに、来世に彼らは生を得るという恩典を約束する慣習がある。敵の弾丸は、死んでゆく戦士たちにとって彼らを彼らの故国アフリカのもとへ、すなわち彼らの近親者たちのもとへ帰すということだ。こうしてヴォドゥは恣意的な祭祀なのではなく、それはハイチの真の国教なのである」(3)

武器は貧弱だった。それでも訓練された軍を圧倒した。

ここで判定は、この世に無い。無いところに置いてある。弾が当たることが、帰ることだからだ。負けないのではない。負けても終わらない。

掴んでおきたいのは、途中の一句のほうだ。多くの欠点を免れえなかったにもかかわらず。完成していない共同体が、繰り返し起きた。完成していないから起きた、と読める。仕上がったものは一度しか使えない。

そして最後の一行。恣意的な祭祀ではない、国教である。つまりこれは誰かの気の持ちようではなく、共同体が設計した仕組みだ。個人の胆力に任せていない。任せれば折れる。折れないように、判定の置き場所そのものを制度にした。

低音に戻る。

あの水準も、根性ではなかったはずだ。同じ場所に何人もいて、同じ方角を向いていて、誰かが多めにやると隣も多めにやる。誰も丸をつけない。つけられる者がいない。その状態が数年続いた。

続いているあいだ、それは労働だった。曲の名と歌う者の名は残っている。下を厚くした人間の名は、たいてい残っていない。

いま、判定は内側へ来た。国じゅうで鳴っている。向こうのフロアに並ぶ必要はもう無い。水準は消えた。

消えたのに、何人かが同じ厚さで作っている。

彼らが継いだのは水準ではない。水準はもう存在しない。継がれたのは、自分では丸をつけないという構えのほうだ。届いたかどうかを自分で決めない者だけが、必要より多くやる。それだけが型になって、手から手へ渡る。

ひとつ言い残している。

外に判定があるあいだ、当人はたいてい自分が不利だと思っている。認められない。届かない。市場が無い。そう思っている。

だが、届かないと思えるためには、そこに何かが立っていなければならない。星が出ていること自体は、こちらの手柄ではない。誰かが先にフロアを作って、何十年も鳴らし続けていたから、そこが目標になった。作った側は、こちらに目標にしろと言ったことが一度もない。

自力で登ったと思っているものの大半は、外側が黙って支えている。黙っているから、自力に見える。見えるほうがいい。そう見えている者だけが、次を作るからだ。

ただし、あとで気づいたときには言ったほうがいい。支えのほうは減っていく。減りきってからでは渡せない。

外は二十六度で、湿度が九割ある。日は十三時間出ていたことになっているが、雲が厚くて確かめようがない。

十五年前の録音は、今夜も下のほうが余っている。鳴らす場所は、もう無い。

無いまま、入っている。


(1) ジェルジ・ルカーチ『小説の理論』原田義人・佐々木基一訳、筑摩書房、一九九四年一二月、九〜一〇ページ。

(2) 豊浦志朗『硬派と宿命—はぐれ狼たちの伝説』世代群評社、一九七五年一月。

(3) 豊浦志朗『叛アメリカ史—隔離区からの風の証言』ちくま文庫、一九八九年四月。