読めなかったものへ

ある街の細部に宛てた、届かない手紙。

拝啓、読めなかったもの。

あなたはずっとそこにいた。

食卓にはいつも赤い漬物があった。隣の店から煙が漏れていて、路地は夕方になると脂の匂いに浸った。空き地には鉄屑の山があった。友人たちの名前がどこか似ていることに、気づいてすらいなかった。

子供は細部を見ない——いや、違う。子供は細部しか見ていない。壺の赤。鉄の錆。煙の重さ。ただ、それを読むための文法を持っていない。文法というのは、つまり歴史のことだ。

ある哲学者が書いている。細部を精密に記述しようとするほど、形のしたにある混乱が浮かびあがってくる、と。最初のうちは明瞭だった。「この町」「あの店」「うちの食卓」——カテゴリーは安定していた。だが細部へ踏み込むほど規定は揺らぎ、見慣れた路地が輪郭を手放していく。すべてが同じ暗がりへ沈む。

大人になってから、あの風景の文法が少し見えた。漬物がどこから来たのか。煙が何を焼いていたのか。鉄屑がなぜあの場所に集まっていたのか。——「見えた」というのは正確ではない。読めないことの輪郭がはっきりしただけで、読めるようになったのとは違う。

味の記憶を引き出すと、その味がどんな歴史のなかで育ったかまで一緒についてくる。焼き肉の旨みと、あの人たちがあの路地で暮らしていた理由は、同じ一皿に盛られている。分けられない。子供の舌はただ、旨いということだけを受け取っていた。

あなたに気づくのはいつも遅い。町を離れてから。本を開いてから。教室で誰かの声を聞いてから。そこでようやく、届くはずのない返事を書こうとする。建物は変わった。人は移った。空き地は駐車場になった。

だからこの手紙は届かない。届かないと知っていて書く。

細部は読まれることを待たない。ただ、そこにある。壺の赤。煙の匂い。似通った名前。読めなかったものが読めるようになった頃には、風景のほうがとっくに次の文を書き始めている。

こちらはいつも、一文遅れて歩く。

敬具