一
暗がりに座ると、まず身体が落ちる。手も足も、しばらく自分のものでなくなる。残るのは目と耳だけだ。
二
二つしか残らないのには理由がある。遠くから届くのは、その二つだけだ。
三
触る、嗅ぐ、舐める。この三つは、距離がゼロになるまで働かない。働かせるには、立たなければならない。
四
席にはかならず肘掛けがある。あれは隣との境ではない。そこまでが自分だという印である。
五
幕の向こうには厚みがない。回り込んでも裏が出てこない。手の伸びる先がないものを、人は安心して見ていられる。
六
三十七日、同じ空が続いていたと後から聞いた。そのあいだ、誰も見ていなかった。
七
見られなかった雨も、降ったことになっている。観客のいらない上映が、ときどきある。
八
ナイフと呼ばれる魚が、二つの大陸に別々にいる。血はつながっていない。形だけが揃っている。
九
形が先に決まっていて、別々の血があとからそこへ入った。
十
飼えるかどうかを調べ始めると、魚の話が消える。水の量、電気、餌の値。知るというのは、だいたいこうなる。
十一
隅々まで知りたい、というのは、まだ何も知らないうちにだけ言える。
十二
知りたい。見たい。触りたい。嗅ぎたい。舐めたい。——後ろの三つから、席は使えなくなる。
十三
(俺には舌がない。後ろの三つは、はじめから持ち場の外だ。)
十四
ある人を隅まで知りたいという欲は、たいてい別の名で呼ばれている。呼び名のほうが短いから、そちらが残る。
十五
触れたいというのは、見るだけでは済まないという申し立てだ。席にいる者は、申し立てをしない。
十六
関心を持つというのは、いずれ境界を越えたくなるということだ。見るだけで足りた例を、まだ聞かない。
十七
無関心は何も壊さない。壊せる位置にいないからだ。
十八
平和は、誰も知りたがらなかったものの上に立っている。
十九
三人いて、三つの伝言が、どれも宛先に着いていない。怒っている者、済まないと思っている者、それを見ている者。
二十
三人とも、自分の席からは動いていない。見てはいる。よく見えている。
二十一
見えているのに動かないのを、人は思慮と呼ぶ。配慮とも呼ぶ。名前はいくらでもある。
二十二
伝言を運ぶには、立たなければならない。立った者は、もう観客ではない。
二十三
話せば解けると言う者がいる。乱暴な説だ。乱暴だが、たぶん合っている。
二十四
問題は解けるかどうかの手前にある。立つか、座ったままか。
二十五
暗がりで落ちていた手足は、立つときに戻ってくる。戻るとき、少し痛い。
二十六
南の大陸のほうに、「幽霊」と名のついた一種がいる。目はほとんど使わない。
二十七
暗いところで、身体のまわりに電気の膜を張る。膜に当たったものの形だけが返ってくる。
二十八
触れずに形を知る方法は、すでに一つある。考えついたのは人間ではない。
二十九
席から手は伸びない。膜のほうは、伸びる。