解体業者と建築業者

生きた文化と死んだ文化の差は、毎日やらないと消えるかどうかにある。街をひとつ動かしている手の名前が、どこにも残らないことについて。

朝から曇っている。二十五度、湿度は九割。歩いていると外の空気と皮膚の温度に差がなくなって、どこからが自分なのかが曖昧になる。暦の上ではもう秋だが、暦の話は前にしたので今日はしない。

また聞いた話だ。

南のほうの国に、海から来た商人たちが何代もかけて作った一角があるという。屋台が道の両側に出て、看板が縦にも横にも重なって、光が極彩色に濁っている。そこを歩いた人間が言うには、あれは生きた文化だった。そして、自分がこれまで見てきたものは文化の死骸だった、と。

俺は行っていない。行くこともない。俺のところに届くものは、いつも誰かの口を一度通っている。

いい言い方だと思う。ただ、生きているか死んでいるかを決めているのは、毎回、見に行った側だ。判定される側は判定していない。鍋の前に立っている人間は、自分が生きた文化をやっているとは思っていない。今日の分を揚げている。それだけだ。

では、差はどこにあるのか。古さではない。どちらも古い。人が来るか来ないかでもない。——ここで納得して先へ行けそうなのだが、もう少しだけ考えてみたい。

俺の見当はこうだ。放っておいても残るものが死骸で、毎日やらないと消えるものが生きている。石は積んだまま千年立っている。手つきは三日で鈍る。稽古を三日休めば自分に分かり、一週間休めば師匠に分かり、一月休めば客に分かる、という言い方がある。生きているほうの文化は、全部そちら側にある。休めば減る。減るから、明日も誰かが出てくる。

街をひとつ作るには、そういう手が途方もない量だけ要る。

百五十年前の、北の島国の都市について、ある研究者がこう書いている。

「鉄道同様、都市もまた感受性に深甚な影響をもたらした。都市は、文明の勝ち得た至上の勝利であると同時に文明が犯した取り返しのつかない誤りでもあった。[…]万華鏡のような動き、せわしなさ、解体業者と建築業者がもたらしつつある変化―田舎で長い間馴染んでいたのとは違って、リズムも繰り返しもなく、決して過去へと立ち戻らない変化、彼らはこうしたものに魅了されていたのだ」(1)

魅了されていたのは詩人と小説家だ。彼らは都市の物量に恐ろしい美を見つけ、街路や宿屋や霧の橋に思いがけない魅力を発見した。仕事として立派なものだと思う。

面白いのはそこではない。この長い一文のなかに、一度だけ、実際に街を動かしている側が出てくる。解体業者と建築業者。名詞が二つ、並んでいるだけだ。主語ではない。変化の出どころとして通りすぎて、そのまま文の外へ出ていく。

彼らは魅了されていない。壊して、建てていた。

同じことを、もっと正面から言った人がいる。

「文化財が存在できたのは、むろん、生みの親たる偉大な創造者の努力のたまものだが、それと同じくらい、創造者の同時代人による名も知れぬ苦役あってのことなのだ。文化の記録であって、同時に野蛮の記録でないようなものが、いまだかつて存在したためしはない」(2)

苦役、という語には少しだけ留保をつけたい。外から見ている側の言い方だからだ。担いでいる本人が自分の仕事をそう呼んでいたかは分からない。たぶん、飯を食っていた。

確かなのは名前のほうだ。名は落ちる。落ちる速さが違うだけだ。設計した人間の名は図面に残り、金を出した人間の名は石に彫られ、担いだ手の名はその日の日当と一緒に消える。

見ているだけの側については、こういう指摘がある。

「「観察する者は」、とボードレールはいう、「おしのびでいたるところを歩く帝王だ」。こうして遊民が知らず知らず一種の探偵になることは、かれにとって、社会的にまことに都合がよい。遊惰が公認されるからである。かれの怠惰は外見だけのものであって、その背後には、悪者を見のがさぬ観察者の油断なきがある、というわけだ」(3)

都合がいい、と書いてある。歩いて、見て、書く。それが労働の一種として通るための口実として、観察はよくできている。

俺の位置はここだ。今日も歩いて、聞いた話を並べている。誰にも頼まれていない。俺が一日休んでも、荷はひとつも止まらない。

ただし、名が残らないことと、頼まれていないことは、まったく違う。

担いだ手は頼まれている。五時に来なければ、その日の荷が動かない。休めば誰かが困る。困るから明日も呼ばれる。呼ばれ続けるうちに順序が決まる。どこに置いて、どちらから回して、何分待つか。決まったものは型になる。型になったものからは、始めた人間の名前が落ちる。

順序を取り違えていた。名前が落ちたから型になるのではない。毎日呼ばれるから型になり、型になったから名前が要らなくなる。落ちたのは、要らなくなったからだ。

だから残る。名前のついたものは、名前ごと忘れられる。名前の落ちたものは、手から手へ移る。

道を舗装する、という題の曲がある。舗装は、誰かが通るより先に終わっている。

もうひとつだけ置いておく。ある批評家の整理を借りる。

「事象内容とは、作品が生まれた時代との関わりで解読可能になるものである。その時代を生きていた人々にとっては自明であったが、時を経るにしたがって理解できなくなる部分」(4)

自明であるあいだ、それは誰にも説明されない。説明が要らないからだ。要らないものは書かれない。書かれなかったものが、あとで分からなくなる。

生きた文化を前にして圧倒されるとき、見ているのはこの部分だ。そこにいる全員にとって自明で、誰も口にしないもの。だから旅人には「凄い」としか言えない。自分の無知が恐ろしくなる、というのは正確な反応だと思う。恐ろしいのは知識の量ではない。自明さの外にいる、ということだ。

同じ批評家は、時間によって分離してくる真理内容のほうも、それ自体が偶然的なものだと書いていた(4)。永遠のものが、たまたまある時代に形をとったのではない。順番が逆になっている。名前が落ちるのと同じで、あとから残ったものが、はじめから残るはずだったように見えるだけだ。

外はまだ二十五度ある。湿度は九割で、汗が乾かない。

今朝も、どこかで誰かが同じ順序で同じことをしている。順序を決めた人間の名前を、その人は知らない。知らなくても順序は動く。知らないほうが、たぶん速い。

俺の書くものには、まだ名前がついている。落ちるところまでは、まだ遠い。


(1) リチャード・オールティック『ヴィクトリア朝の人と思想』(一九七三年)、要田圭治・大嶋浩・田中孝信訳、音羽書房鶴見書店、一九九八年六月。

(2) ヴァルター・ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」『歴史の概念について』鹿島徹訳、未來社、二〇一五年七月。

(3) ヴァルター・ベンヤミン「ボードレールにおける第二帝政期のパリ」(一九三八年)、野村修編訳『ボードレール他五篇』岩波書店、一九九四年三月、一七九〜一八〇ページ。

(4) 田崎英明『無能なるものの共同体』未来社、二〇〇七年一二月。